英 雄 邂 逅 ・3



 山賊は、ただの雑魚だった。
 問題なのは目の前にドデーンと現れた巨大な芋虫、もといモンスター。
 その向こうに倒れる少年。
 隙を見てムクムクにおくすりを持たせて飛んでもらったが、何やら面倒なことは重なるもんで。おくすりじゃダメーというジェスチャーが遠くから返ってきた。
 じゃあどうすりゃいいの。
 早く助けに行きたいと逸る気持ちが邪魔をするのか、なかなか思うようにダメージを与えられない。くそぅ、芋虫の分際で。
「フッチ、何か宿してる?」
「いえ、何も・・・ラディは?」
「んー・・・左に水」
「え、なんでそんな平和的な」
「なにか言ったかな?」
「い、いいえぇ・・・」
 背後でかわされる呑気な会話にイラッとしても許されると思う。
 飛び上がって振り下ろした攻撃は、ガコッと音を立ててヒットしたものの効いてる様子はない。どころか真横から繰り出された尻尾の先が二の腕を掠めていって、思わず後退してしまった。
 ああもう、ちょっと、ほんと真面目に冷静にならないと洒落にならんて。
 グッと力を込め直した二の腕を後ろから引っ掴まれてのけぞった。
「え、あ?ちょっと・・・」
「おとなしくしろ」
 振り返った先にはイラッとの原因を作ってくれた人の綺麗な顔があったけども、何故かとても厳しい表情をして二の腕の傷を睨んでいた。
 あの、それ掠っただけなんですが・・・
「やっぱり・・・」
 ぼそりとそれだけ呟いた“英雄”は、腰の小袋から何かを取り出してぼくの腕の傷に当てた。
「口開けて」
「は?・・・んぐっ」
 ポカンと開いた口の中に何かを放り込まれて、思わず。
 飲み込んじゃったんですけど・・・
「え?・・・まさかっ」
 それを横で見ていたフッチが声をあげた。
 え、なんですか?
 まさか今ぼくの口に無許可で放り込まれたものに、何か問題が?
「毒だよ。しかも普通の毒消しが効かない種類の。傷口に当てたのは消毒作用のある植物の葉。今君の口に放り込んだのは、俺が知る名医の作った丸薬」
「そんなに強力な毒なんですか?それ、リュウカン先生の・・・」
「多めにくすねて・・・持たされてた奴、余ってたから」
 毒。
 どさくさまぎれになんか言い直したのが聞こえたが、そんなことより嫌な予感が。
「コウくんはっ?!」
「うん。毒で目を回してる可能性が高い。早く何とかしてやらないとね」
 力強く頷いてくれた人の瞳は、静かな色を湛えている。
 その瞳に見つめられて、ゆっくり深呼吸すると自然と冷静さが戻ってきたような気がした。
「ナナミ、トモ、下がって!尻尾に毒があるから気をつけてよ!」
「ええぇ!?じゃ、じゃあじゃあ、コウくんは・・・!」
「うん・・・・・・ラディさん」
「どうぞ、何なりと」
 何故だろう。
 試されてると感じてしまうのは、自意識過剰か。被害妄想か。
「あのでかいの、凍らせちゃってください。尻尾の動きを止めるだけで構いません。動きが鈍ったとこをボコります」
 これでどうだ。
 目の前で、綺麗な顔がニヤリと笑った。
 わあ悪い笑み・・・
「お望み通りに。芋虫の氷漬けでも作ろうか」
 そ、そこまでして戴かなくても結構ですが。
 てゆーか余裕でそんだけ宣言できるって、どんだけ魔力高いの、この人。
 ちらっと視線を向けた先のフッチは、どこか諦めたような呆れた表情で首をすくめた。
 今に限ったことじゃないってわけですね。
 一瞬で周囲の温度が急激に下がる。
 次の瞬間には、高められた魔力の塊が巨大な芋虫に見事命中していて。
「うそ・・・凍っちゃった。すごーい・・・」
 ナナミの呆けたような呟きが、キンと凍った空気に響いて溶けた。
 チャンス到来。
「トモはとりあえず毒消し持ってコウくんにお願い!ナナミ、フッチ!ラディさん、お願いします!」
 叫びながら走り出す。
 氷漬けにしたって、いつまた動き出すか分からないんだから、とっとと砕いてしまえ。

 ガコッ。ガツッ。ギンッ。ドゴッ。

 四者四様の攻撃音が響いた。
 ・・・棍でどうしてあんな音を出せるのかがすごく気になるところですが。
 氷漬けに同時打撃が効いたのか、その姿が崩れて・・・

「え?!」

 崩れる氷を突き破って出てきたのは、芋虫の進化版。
 蝶と言えばなんか印象良いが、あれは悪いがはっきり言ってどう見ても、
「蛾?」
「蛾だね」
「蛾ですね」
「蛾のようだねぇ」
 こんな状況で、ここまで呑気に息が合うメンバーもそうそういない。
 って、そうじゃないだろー!
 飛んで空中から攻撃されたらどうしようもないって。
 飛び去ってくれれば万々歳ですが、世の中そんなに甘くないよね。

 ビュンッ

 空気を切り裂くかのような音と共に、何かが頭上を飛んでいって、蛾の羽を突き破った。
 けどそれだけで墜落するはずはなく・・・
 思わず背後を振り向くと、笑顔の“英雄”様が拳大の石を手の上で転がしていた。
 え、ちょっと待って。まさかもしやと思いますが。
 今、物凄い音を立てて空を飛んでったのって・・・
 悪そうな笑みを浮かべた瞳がこちらを向いた。
「臨時ロングレンジ攻撃だよ」
 石つぶてー!?
 魔力に続いてどんだけ常識破りなの、この人!
 咄嗟に使えるから案外便利だよ、とか言ってるし。
 案外便利だよと言えるくらいに活用したことがあるってわけですか。
 じゃあ、どうしようかな。
「ではラディさん、目潰しをおねが・・・っ」
 ぶわり、と背後で巨大蛾が羽ばたいた気配がしたと同時に、くらりと目が回った。
 堪えきれずに思わず膝をつく。
 見ると、ナナミもフッチも、笑っていたはずの“英雄”様でさえ片膝を落としていた。
 ・・・・・・毒!?
 羽ばたきだけで毒振り撒くだなんて反則技もいいとこだ!
 遠くでトモが何か叫んでいる。
 あっちまでは毒が届いてないらしい。
 だけど、そんなに声を出したら駄目だ。気付かれてしまう。
 そこには既に毒にやられてる少年が・・・っ

 ゴッ

 地面に膝をついて動かない身体の真横を、風が通り抜けた。
 片膝が落ちてたはずの彼が、振りかぶった棍を巨大蛾に向けて打ち付けていた。
 そんなに動いたら毒の回りが・・・
 心配した矢先に目の前の彼の身体が崩れ落ちた。
「・・・っ?」
 右手に微かな違和感が走る。・・・なんだ?
 よく見ると、目の前で崩れる彼は右手を抱えて蹲っていて。
「ラ・・・」
「ラディ!?」
 何を察したのか、フッチが叫んで駆け寄ろうとして、
「来るんじゃない、フッチ!」
 今までにないくらい、緊迫した口調の彼の叫びと共に溢れ出したのは、闇。
 同時に、ぼくの右手の盾からは光が溢れ出し・・・



 灰塵となって消え去るモンスター








 あとに残ったのは、僅かな倦怠感に包まれた身体と

 奇妙な沈黙だけだった。








1とか2だと、水の紋章で氷攻撃はできない仕様でした(4と混ざった)
まあいいやと放置(待て)その辺はほら、過去に出来たことが出来ないなんてそんなことないよね。出来て当たり前だよね、ということで。
坊の腕前は、十発九中くらい?
何でもいけると思います。弓とか投げナイフの人が近くに居たし。
2010.6.2


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