英 雄 邂 逅 ・2



 ムクムクの凶行により、初対面の人をいきなり水浸しにするという不運に見舞われた。
 最悪だ。なんてことしてくれたんだよ、この毛玉め。
 すっごく人当たりの良さそうな人だったから良かったものの、そうじゃなかったら今頃お前なんかモンスター認定受けて退治されてたかもしれないんだぞ。
 そんなアホな理由で、集めてる最中の仲間の星が欠けたなんてことになりたくない。
 まあ、どんな理由があって星を背負った人を仲間にするのかはよく分からないんだけども。
 あーゆーのは、空いてるところがあると埋め尽くしたくなる。
 特にコレクターとかそんなじゃないけど、なんとなくだ、なんとなく。(世間はそれをマニアと呼ぶ)
 ・・・それにしても喋らない人だ。
 後ろの方では、女の子二人が何か会話を繰り広げているというのに。
 釣り場から宿屋までは距離があるわけではないけど、でも、無言のまま行くには少し間が持たないというか・・・
「あの・・・」
 声をかけたはいいが、続ける言葉を考えてなかった。失態だよ!
 あぁあ、どうすれば・・・
「ん?・・・ごめん、何か言った?あ〜、俺ねちょっと厄介な癖があるから。よく人の話とか聞いてないことがあるんだ。ごめんね?」
 どんな癖ですか。
 人当たりが良いかと思えば、今振り返った顔はほぼ無表情。
 ムクムクの突進を顔面で受けたことで抜けている人なのかとも思えば、でも隣を歩く姿を見る限り、隙がありそうで、ない。
 どこか掴みどころのない人、というのが改めて受けた印象だった。
「いいえ・・・えーと、釣り、好きなんですか?」
「へ?釣り?」
 あ。呆れられてしまいました。
 だって、会話のとっかかりがないんだもん。
「・・・うーん。好き、かと言われれば、別にそうでもない、かなぁ。なんでだろ・・・・・・・・・ぁ・・・」
 沈黙。
 あ、あれ?
 そこ沈黙するとこでした?
 聞いてほしくないことだったとか、かな。
 ちらっと隣の顔を横目で盗み見る。
 ・・・・・・・・・・・・。
 その瞬間の心境を現すならば・・・ドキリ。
 ときめいたとかではない、断じて。
 見てはならないものを見てしまったかも、というドキリだ。
 掴みどころのない人が、やっぱりどこか掴みどころのない顔で微笑っていた。
 ただ、さっきは気が付かなかったことに気が付いてしまったのもいけなかった。
 すごく整った顔をした人だ。
 一言で言うなら、美人。
 男にその言葉はどうかと思うんだけど、それが一番しっくりハマルってゆーか。
 濡れて首筋に張り付いた漆黒の髪の毛とかが、妙に艶っぽい。
 眠そうな顔と緩んだ雰囲気が第一印象だったから、すっかり騙された。
 相手に騙すつもりがあったかどうかはこの際ともかく。
 そんな美人さんは、掴みどころのない笑顔のままどこか切なげに呟いた。

「釣りをして、過ごしている時間がとても・・・穏やかで、好き、だったんだ・・・・・・」

 過去形。
 なんだか、それだけでもう・・・

 それ以上は何も、聞いたらいけない気がした。


++

 押し黙られてしまった。
 うん。やっぱり理由としては重かったかな。
 ただ暇つぶしの方法を、それ以外に知らないのもあったんだけど。
 本があれば確実にあの場で読書でもしていたんだけれど、残念ながらこの村には図書館というご立派な施設などなく、宿屋にも書物の類が置いていなかった。
 実は正直なところ、あまり話しかけてくれないでほしい。
 人と関わりたくないのもある。
 なにより、真の紋章などとこれ以上お近付きになりたくない。
 だから名前を名乗る気はないし、聞く気もない。
 ただ顔見知りの少年のことだけはそれなりに気にかかるので、そっちとはあとでこっそりと話してみようと思う。
 宿屋に着いたら、着替えをして、そうしたら色々適当に誤魔化してトンズラしてしまおう。彼らにどこかに行ってもらうのではなく、自分が消える方が効率的に良い。
 そして再び海に出よう。
 やっぱりまだ、旧知の土を踏める気分じゃない。
 問題の何とかしなければならないもん、は、しょうがないからもう少し見逃しといてやることにする。
 冷静に考えて、今どうにかしに行ってどうにかしても、すぐに復活されてしまいそうな気もするのだ。犯人のバイタリティー的に。
 無駄な徒労に終わるくらいなら、確実に抹消できそうな時期に実行した方が良いに決まってる。

 だけど、そう・・・
 嫌な予感とか、嫌なタイミングというものは、重なるものだ。

 結局、逃亡計画は全てが白紙に戻るはめになった。



++++

 すったもんだの挙句。
 ぼくらはバンダナの彼を道連れに、トランへの峠道を進んでいる真っ最中。
 彼は今、一行の最後尾を仲間の少年と並んで歩いている。
 フッチとは、ちゃんと会話が成り立つんだ・・・
「びっくりしたねぇ」
「ん?何が?ナナミ」
「えー、だから。まさかあの人が“トランの英雄”だなんて!」
 そうだね。
 ビックリなんてもんじゃなかったよ、あの時の衝撃といったら。
なにしろその寸前まで、ちょっと緩い雰囲気で掴みどころのない美人な少年、て思ってたんだから。
 まあ当然、それと同時に伝え聞いてた“英雄像”がガラガラと崩れ落ちたりもしたけど。
 無邪気に喜んでるだけの義姉には、ぼくみたいな複雑な心理はないみたいだ。
 いいなぁ、単純明快で。
 それがナナミの良い所でもあるけど。
 好奇心でウズウズしてるナナミの顔を見てから、ちらりと後方を盗み見る。
 改めて彼と話してみたいと思ってるのは、何もナナミだけじゃない。
 だってやっぱり彼の正体を知ってしまったら、純粋に気になるじゃないか!
 ドシンと背中に誰かがぶつかって来て、油断していたぼくは思わずよろりとよろめいた。
「トモ?なにすんの?」
「いいから。ほら早く。コウくんを助けなきゃいけないんですよね」
 メンバーの中で一番年下であろう少女が、実は一番しっかりしてると思う。
 そういえばトモと同じ年のフッチもしっかりしてるよね。
 あれ?てことは、落ち着きがないのは、ぼくたち姉弟?
 はぁい、しっかりしますー。と小声で呟いて、背中を押されるままに進む。
 トモに押されてずっと前を向いてたぼくは、彼女のしていた微妙な表情に気付けなかった。


++

「バレちゃったねぇ」
「・・・そうですね」
 呑気に呟いたはずだったが、隣の声は妙に固かった。
 なんだろう。今更、緊張してるとか。
「そんなわけで、こそこそする必要もないし。久しぶりフッチ」
「・・・お久しぶりです」
「ところで、君はこんなとこで何してるの?」
「ラディ・・・こそ・・・」
「はは、言うねぇ。俺はちょっとした寄り道のつもりだったんだ。そしたら色々タイミングが悪くて、山賊退治?」
 なんでだろうねぇ、と首を傾げる。
「はあ・・・ぼくは、ハンフリーさんと旅してたんですけど、色々あって同盟軍に・・・」
 呆れた声のあとに続いた少年の言葉は、大方予想通りのもので、残念・・・
 そう。なんとなくだけど、彼(ヤトと名乗った)からは自分と同じ匂いがした。
 紋章だけのせいでは、なく。
「同盟ってジョウストン都市同盟だよね。何がどうなってそうなったわけ?」
「竜を探してたんです。竜が生まれるのは竜洞だけなんですが、はぐれ竜と言って竜洞以外で生まれる竜も存在するらしいって。それを探してる途中で、ヤトさんが協力してくれて、そのお礼の変わりにと・・・」

 竜・・・
 フッチの亡くしたもの。

「竜は見つかった?」
「・・・・・・・・・は、い」
 喜ばしいことじゃないか。
 なんでそこで言い淀むんだろう。
 亡くした竜の変わりに新たな竜をだなんて、ブラックに申し訳ないとでも思ってたりするのだろうか。本当に、大切にしていたし・・・

 ・・・・・・あ?

「えぇっと・・・もしかして、俺に、何か、気を遣ってたり・・・するのかな?」
「・・・っ」
 図星か。
 なんてことを気にしてるんだ、この子は。
 優しさにじんわりと胸が温まる。
「・・・名前」
「え?」
「名前は?見つけた竜に、もちろん名前つけたんでしょ?」
「・・・ブライト」
「ブライト・・・うん、いい名だ。いつか竜騎士に戻れるといいね」
 フッチとブライト。
 いつか、きっと。心からそう願う。
 あの戦争で全てを失くしたのは、何も自分だけではない。
 隣を歩く心優しい少年だって。
「なんで・・・なんですか」
「うん?」
「なんでそんな、平気な顔して言うんですかっ。僕は・・・僕だけが、取り戻せてしまうかもしれないのに・・・っ」
 自分の周りの人たちは、どうして皆そんなに優しいのだろう。
 真っ直ぐすぎる少年の言葉は、逆に過去の自分の無力さを突きつけられているかのようだったけれど。
「フッチ・・・言ったよね。俺と君は同時に大切な存在を喪ったけど、同じじゃないって。亡くした痛みは共有できるかもしれない、だけど、けどね・・・・・・俺の傍には今も、彼がいる・・・」
 右手をそっと包み込む。
 そう。
 大切な親友の魂は、右手の紋章の糧となった。
 あの日から、彼は姿こそ隣には居ないけれど、共に在る。そう感じる。
 それに
「取り戻せると言っても、ブラックが戻るわけじゃないだろう?それに、取り戻そうと思えば出来るのは俺も同じなんだよね。俺には、その気がないだけ」
 帰る場所も親友も、もうこれ以上、いらない。
 取り戻しても、喪う前と同じものが戻ってくるわけじゃないから。
「ラディ・・・」
「なんて顔してるんだよ。悪いことなんかじゃないよ全然。フッチは強いね」
「僕は、強くなんか・・・」
「俺は怖いよ。取り戻してしまったら、必ずまた喪う日が来る」
「・・・・・・・・・」
 ごめんね。
 聞きたくもないよね、そんな後ろ向きな話。
 だけど、言葉に出して言わないと呑み込まれてしまいそうなんだ。
 自分の弱さが招いた結果に、他人の命を巻き込みたくはない。

 やや前方を歩いていた少女が、先頭を歩くヤトに走り寄るのが見えた。
 今の会話、聞いてたのかな。
 というか聞こえるよな、あの距離じゃ。
 何か悪いものを聞かせてしまった気分だ。
 不本意だが“英雄”だと露見してから、微妙にヤトの視線が痛いので。
 だから先頭と最後尾に分かれたんだけど。

 断続的に続いている右手の疼きに、微かに眉を顰めた。








毛玉・・・いざという時の和ませアイテム(笑)
ちなみに、フッチがラディだけ呼び捨てなのは、解放戦争時に呼び捨て要求されたのを覚えていたからです。
・・・という裏話があったりとか。
2010.5.16


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