その邂逅、偶然か運命か ――――






  英 雄 邂 逅 ・1



 よく晴れた昼下がりの午後。
 その日はこれまでの忙殺の日々から一転、ぽっかりと穴が開いたようにできた何もない日・・・になるはずだった。
 行き先の選択、間違えたかもしんない・・・
 後悔先にたたず、とか、後の祭り、とか、先人の教えは素晴らしいですね。

 今日、ぼくは“英雄”に、出会った ――――


++

 釣り日和。
 やはり郷愁はないのだが、足が進まなくなる理由はいくつかある。
 そのせいで、トランの国境を目前にした静かな村への滞在日数は伸びる一方。
 何とかしなければ。
 そう。何とかしなければならないもんが存在しているという情報を掴んで、南国放浪から戻って来ざるを得なかった。
 たかだか三年で出戻るはめになるとは・・・
 だからこれは、そう、個人的に無駄な最後の悪足掻き。

 この日、珍客のご登場で、あっさりとそんな日々は終わりを迎えた ――――



++++

 静かな釣り場に一人。
 赤い胴着に草色のバンダナが目にも鮮やかなその人は、近付く人間のことなど気にもしないのか、こちらに背を向けたまま釣り糸の先を見つめて微動だにしない。
 かに見えたのだけど。

 カックン

 首が落ちた。
 え?寝てたの?
 いやまあ、気持ちはとっても分かるんですが。
 何しろ天気は良いし、ぽかぽか日当たり抜群だし、そこに釣りとくれば。
 そうですね。こりゃもう寝るしかないですね。
 ちょっとどころか相当に呆気に取られてしまったぼくら一行は、バンダナの彼のわずか数メートル背後で固まるしかなかった。
 後ろの方から「え?」と微かな声が上がったのには気が付いたんだけども、それと同時に視線の先の彼が振り返って目が合ってしまった。バッチリと。
 バンダナの下から覗く髪の毛は、漆黒。
 長めの前髪に隠れてしまいそうな瞳は、濃茶。
 眠そうなというか、まだ寝てるんじゃないかという表情をした彼は、普通にそこらに生息してそうな少年だった。
 しぱしぱと瞬きを繰り返している。
 あ、やっぱりまだ寝てるっぽいね。
 これはこのまま声をかけても良いのかな。
 なんかあの人、絶対こっちを認識してない気がする。
 そんなこんなで逡巡してたら、視界の端を茶色い塊が抜けていった。
 あ。
 ・・・・・・嗚呼・・・
 出来の悪いコントを観覧している気分です。
 これは・・・この責任は・・・
 ぼくが取るんだよね・・・・・・


++

 なかなか動かない釣り糸を眺めてたら、うっかり寝ていたらしい。
 まあ、いつものことではあるけれど。
 そしたら、ひとつ、懐かしい気配を感じた気がして振り向いた。
 ・・・でもまだ眠かったらしい頭がいまいちハッキリ動いてくれない。
 最近は長閑な日々が続いたからなぁ。
 身体がなまって仕方ないや。
 などとつらつらと考えていた目の前に突然、茶色い壁が出現した。
 否。
 茶色いナニかが、顔に貼り付いた。
 予期せぬ事態と衝撃に耐えられなかった身体が、勢いのまま、後ろに倒れる。
 あ。後ろって、まずくないか。

 ザッパン

 ・・・・・・・・・釣り日和で良かったね?
 ついでに替えの服って洗ってあったっけ、と宿屋に置いてある荷物の中身を思い出す。
 うん、大丈夫。多分。
 とりあえず未だ顔に貼り付いてるナニかをベリっと剥がす。
 茶色い毛玉。
 透き通ったビー玉がふたつ、自分の姿を映している。
 目が合った・・・
 目?
「・・・・・・むささび?」
 なぜ。
 そしてこれは敵か。敵なのか。モンスターか?
 しかし棍は宿に置いてきた。
 てことはなんだ。
 手段としては、くびり殺す?
 それは人道的に有りか?
 最初の不意打ち以外に攻撃して来る気配がないんだが。
 これ、このまんまくびり殺したら、ただの殺戮になるんじゃ。
「ム?ムムム!ムー」
 首根っこを引っ掴んだままの手の中のむささびは、何か楽しげに鳴いている。
 え。これを一体どうしろと?
 そういえば今更ながら、人の気配がしていたことを思い出す。
 こっち見てる。そうだね。見るよね、普通。
 ああ、恥ずかしい・・・
 とりあえず、池から上がろう。まずそれだ。
 むささび片手に立ち上がると、数人いた中から一人の少年が駆け寄って来た。
 茶色の髪の毛の隙間から見え隠れする金色の輪っかが、陽射しを反射して光る。
 赤い胴着を翻して駆けて来た少年は、いきなり頭を下げた。

「すみません!!そ、そ、それ、うちのむささびです!」

 それ。
 ・・・あぁ、これ。
 うちの、てことは、むささびって
「むささびって、飼えるの?」
 あ、しまった。思わず声に出た。
「・・・・・・は?あ、はい。そう、みたい、ですね」
 呆れてそうな声だが、返事が返ってきた。律義な少年だ。
「ふぅんそうなんだ。初めて見た。飼いむささび。・・・君たちは釣りしに来たの?だったら騒がしくしちゃってごめんね。俺は着替えに戻るから、ご自由にどうぞ」
「はい・・・え、じゃない、違う、違います!釣りじゃないです!じゃなくて、本当にすみません、あの、その、服とか・・・」
 色々気遣いの出来る少年のようでもある。
 むささびの飼い主ってところか。
 それだったら気にするのも仕方ないか。
「ああ、そんな気にしなくていいよ。俺も大概不注意だったし」
 頭のバンダナを外しながら、少年以外の気配にも視線を向ける。
 少年と毛玉の他には三人。
 全員ほとんど外見年齢は同じくらい。
 数日滞在している村の中では見た覚えがないから、近くの村の子だろうか。
 少女が二人と、少年・・・
 目を見開いて固まる少年と、目が合う。
 懐かしい気配。

 ・・・・・・うん、元気そうで良かった。
 あの後、どうしたのかと少し気になっていたのは嘘じゃない。
 自分が無力だったばかりに、まだ幼かった少年は、一生を付き添うはずだったパートナーを亡くした。
 それでも彼は自力で立ち上がって、力を貸してくれた。
 その強さに親友を喪ったばかりの自分は、勇気をもらったんだ。立ち上がる勇気を。
 また会えて嬉しいよ、フッチ。
 呼びかけてこようとした少年に、人差し指を立ててそれを制止する。
 彼が共にいるということは、他の子たちも近くの村の子というわけではないだろう。
釣りじゃないと言っていたし。
「もしかして、目的は俺だった?だったら宿に戻ろうか。とっとと服を替えたいし」
 どうして気が付かなかったんだろう。
 むささびを腕の中に収めた赤い胴着の少年から。
 真の紋章の、気配がした。








パーティーメンバーは、2主、ナナミ、フッチ、ムクムク、トモ
なにその微妙な人選…とか言うなかれ…(うん、自分もそう思ったから)
2010.5.2


幻水TOPNEXT>

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