ひょい、と目の前に差し出された小さな包みに首を傾げた。
親友が指先でつまんで持つそれは、どう見てもお菓子に見える。
「何してんだよ、手ぇ出せって」
「え?あ、うん」
思わず両手を差し出して小さな包みを受け取った。
片手で受け取るので十分なくらい小さなお菓子の中身は一体何なのか。
そもそも何故唐突にこんなものが目の前に差し出されたのだろう。
未だに時折、この親友の取る行動がよく分からない。
「これ、どうしたの?」
誰かから貰ったもの?と不思議な顔で首を傾げるラディに、親友は何故か苦笑した。
いつものどこか困ったような苦笑とは違う、本当に何か苦いものを飲み下したような笑みで。
「貰いもの、ってか・・・あー、うんそう。貰いもん」
だから気兼ねせずに食ってくれ、とだけ言い置いて親友はその場から素早く立ち去った。
呼び止める間もない。
「あ。ちょっ、テッド・・・行っちゃった。何だろ?」
そんなに美味しくないものを貰ったのだろうか。
しかしそんな理由だったなら、彼は正直にそう言って差し出してくる。もちろんラディが食べることを前提に、だが。
「う〜ん、怪しいなぁ」
あの歯切れの悪さが余計に不安を煽っていた。
一体どんな爆弾を押し付けられたのか。
とりあえず中身を見てから、一人で食べるか親友に半分押し付けるか決めよう、と包み紙を開いたラディの手の平にころりと落ちたのは、茶色の塊。
丸みがあり、つるりとした表面の。
これは、あれだ。
赤月帝国でも珍しくはない。わりとよくそこらの雑貨屋でも普通に売っている。
「ちょこれーと?」
南方で採れるカカオという植物を原料としたお菓子だ。
それくらいはラディでも知っている。
というか、首都に住む子供は誰もが知っているのではなかろうか。
極々普通のお菓子である。
中身の普通さに首を傾げつつ、ラディは気軽にそれを口の中に放り込んだ。
「ん。おいしい」
口の中で溶ける適度な甘さに頬が緩む。
しばらく口内で転がしながら味わっていると、グレミオが紅茶のカップを片手に顔を出した。
特に紅茶は頼んでいないのに、どうしたのだろう。
無言で首を傾げていると、グレミオはいつものようににこりと笑って近付いてきた。
「坊ちゃん。紅茶はいかがですか?」
「うん。それは、ありがたいけど」
口の中に広がった甘さに、飲み物を頼もうとは思っていた。
だがまだラディは一言も何も頼んでいない。
このタイミングの良すぎるグレミオの登場は何なのだろう、と頭の上に疑問符を飛ばしていると、すぐに目の前の青年は目元を和ませて答えをくれた。
「テッド君からです。坊ちゃんが飲み物を欲しくなる頃ではないかと言ってくれて」
「・・・テッド?」
「ええ。いつものお茶の時間よりは少し早いかと思いましたが、今日はテッド君のおかげですね」
にこにこ、と。
何故か嬉しそうに笑うグレミオが何を言いたいのか分からない。
首を傾げてばかりでは仕方ないので、先程テッドから何故かお菓子を貰ったのだと、訳が分からずに話す。
やはりすぐに答えは返ってきた。
首都にはないその“風習”を初めて聞き、ラディはきょとんとした後、嬉しさに満面の笑みを浮かべるのだった。
それからきっちり一年後。
今度はラディがテッドの目の前にひょいっと小さな包みを掲げた。
あまりにも唐突な包みの出現に、親友はきょとりと目を瞬いている。
「ほら、手を出してよ」
「は? お、おう」
言われて両手を差し出した親友の手の上に、ぽとりと包みを落とす。
ころんと転がった包みに見覚えがあったのか、テッドの目が泳ぐ。
それが照れ隠しの一つだと、ラディはとっくに知っていた。
にんまりと笑い、わざと親友の目の前で頬杖をつきその顔を覗き込んだ。
「どうしたの、テッド?」
ただのお菓子だよ?と首を傾げてやれば、目を泳がせていたテッドは疲れたように溜息を吐き出して撃沈した。
「おまえ・・・たち悪・・・」
そんな呟きも漏れ聞こえる。
性質が悪いのはどっちだ。
「訳が分からず渡された方の身にもなってよね。物凄く怪しんだ一年前の僕の葛藤を思えば、これくらい」
「怪しんだ?なんで?」
「だって何の説明もなしに。いきなり。しかも僕にそれを渡してくれた本人は、逃げるようにさっさとどこかに行っちゃうし」
これで渡された物を怪しまずに食べろと言うほうが無理であろう。
「・・・そうだったか?」
「そうでした」
直後にわざわざグレミオに紅茶を手配するほどの周到さまで披露しておいて、忘れたとは言わせない。
グレミオがその独特の“風習”の意味を知らなかったら、どうするつもりでいたのか。
おそらく今年も黙ったままテッドはラディにお菓子を一粒、渡すつもりだったのだろう。
そのくらいは軽く予想をつけられるほどには、親友の行動を理解できている。
「で。一人で食べる?それとも僕の前で食べてくれる?」
「・・・・・・」
「じゃあとりあえずグレミオに紅茶を頼んでくるから、考えておいてね」
頼んでいっている間に食べている可能性もあるが、それはそれで良いだろう。
この場合重要なのは、相手にお菓子を渡せたことだ。
軽い足取りで部屋から出ようとしたら、どこか戸惑うような声で呼び止められた。
振り向いた鼻先に、何か小さな物を投げ付けられて慌てて掴み取る。
「ちょっと、あぶなっ・・・あ」
抗議しながら、咄嗟に掴んだ物を確認すると、たった今ラディがテッドに渡した包みと色違いの物が手の平で転がった。
「テッド」
嬉しさに親友の名を呼べば、応える親友はどこか困ったように苦笑した。
「紅茶、ふたつよろしく」
それだけ言うと、読んでいた本に視線を落としてしまう。
もちろんそれも照れ隠しだ。
必死に顔を逸らしているが、ほんのり赤くなった頬は隠しきれていない。
嬉しさに綻ぶ頬を隠しもせず、ラディは頷いて破顔した。
「うん。テッド」
名前を呼べば、仕方なさそうに上げられる顔。
ちゃんとこちらを見てくれている、金茶色の瞳。
「大好きだよ」
ぽかんと目を見開く親友を置き去りに、ラディはグレミオがいるであろう台所に向かうため部屋を出た。
人見知りで口下手を自負するラディにとって、今の一言はいつも以上に勇気のいる言葉だった。というか、改めて言うとなると恥ずかしい。
よくぞ頑張った自分、と赤く火照った頬を冷たい手の平で冷ましながらグレミオの元へ急ぐ。
一年前に訳も分からず受け取った後にその意味を教えてもらい、ようやく一年越しの念願が果たせた。
あの時テッドがどんな気持ちで渡してくれたのか、それは正確には分からない。聞いても答えてくれないだろうから、想像するしかない。
きっと、ただ渡すだけで良かったのだろう。
『今日は、自分が大好きな人にお菓子のちょこれーとをあげて、日頃の気持ちを伝える日なんです。大好きです、いつもありがとう、というふうに』
グレッグミンスターではあまり見たことがありませんけど、と一年前に微笑って教えてくれたグレミオにも、後で一つ渡してこよう。
あと、父親とクレオとパーンにも。
人に自分の気持ちを伝えるというのは、なかなか勇気がいり恥ずかしい行為ではあるけれど。
伝えた相手の驚いた顔を見ると何故か嬉しくなる。
言葉はなくても伝わることはあるけれど、あえて言葉にすることで、より一層解り合えることもあるはずだ。
そのために、こんな風習があってもおかしくない。
グレッグミンスターでももっと広まらないかなぁ、とラディは弾む足取りで一人、平和な心地で廊下を歩くのだった。
ちょこれーとの日。
グレミオさんと坊ちゃんの解釈が微妙に間違ってる気がするようなしないような(…笑)
テッドさんがどんな心境でいるのかは、よく分かりません(ヲイ)
2014.2.1
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