Your mail



 短い着信音がメールの受信を告げ、千秋修平は顔を上げた。
 ちょうど手元にあった携帯電話をややげんなりしながら覗く。
 液晶の画面を見なくともメールの相手は分かっていた。
 昼間の不毛なやりとりを思い出しかけながらメール画面を開き、

『明日、行けない』

 簡潔すぎるコメントに、ため息をひとつ。
 不毛と言っても、いつものことだ。ガキだバカだのと低次元な子供の喧嘩を繰り広げ、結局のとこ相手にしているのが面倒になって軽くあしらってきてしまった。
 子供扱いされることを厭うわりに、あいつの怒り方は実に子供っぽい。

『お前が行かなくてどーすんだ。いいから出て来い』

 しょうがないのでそれだけ打って返信とする。
 今のところ、携帯電話を持っていて日常的にメールのやりとりをしているのは実は一人しかいない。
 実際に連絡が入るのは、上杉の人間からのみだ。
 本来こんなものに縛られるのは好きではないのだが、持たされたのだからしょうがない。
 それで極力、携帯が鳴る危険性を最小限にとどめてやる、と決めたわけなので、現在まぎれこんでいる学校の級友らには番号その他を聞かれることのないように小細工をしてある(催眠暗示でちょちょい、と)
 そして、上杉の人間は電話で連絡をしてくることがほとんどだ。
 相手はほぼ、直江か晴家だが(割合的には直江の方が断然に多い。そりゃもちろん、ウチの大事な大将についてるのが俺だからだ)冷静に考えてみて、直江や晴家とメール交換している自分というのは想像しがたい。
 問題の大将は、どうにも口下手で面と向かって話していても微妙だから、電話などもっと微妙だった。それで一度ためしにメールで連絡をしてやったら割とスムーズに返信が来たので、以来、仰木高耶というどうしようもない少年とだけはメールでやり取りをしている。
 今時の若者らしく、いくらも経たないうちにメールが返ってきた。

『今回だけはどうしても行けない、から、直江かねーさんに来てもらって』

 ・・・・・・。
 つまり職務放棄という単語が一番当てはまるか。
 こいつはそういえば以前、怨霊退治とバイトとどっちが大事なんだと聞いたら即答で「バイト」と答えてきやがった馬鹿だった・・・。
 今回はこちらも緊急要員を出せる状況ではない。直江も晴家も別件に取り掛かりっきりで、それの取りこぼしがこちらにまで回ってきたのが、実のところの話なのだ。
 どう言って出てこさせようかと頭をひねっていた千秋の携帯が、再びメールの着信を短く告げる。

『美弥が熱出した。高熱。今週いっぱい親父も出張で帰って来ないから、ついててやりたい』

 ・・・・・・。
 そういえば「行かない」ではなく「行けない」だった。最初から。
 最近の日本語は崩壊していると言われてはいるが、この微妙なニュアンスの違いは昔から変わっていないわけか、それとも偶然の産物か。それはともかく。
 またひとつため息を落としてメールを返した。

『それならしょうがないから、ちゃんと美弥ちゃん看病してやれ。しばらく一人で《力》の特訓しとけよ』

 まあ、時間がかかっても一人で処理するしかないということだ、これは。
 怨霊退治とバイトと妹を並べたら、まず「妹」を取る奴なわけだし。
「あーあ、まったく。いいオニーチャンでないの」
 ひとりごちた台詞が、面白くなさそうな響きに聞こえて眉をひそめた。
 高耶の中での優先順位が最低なことに自覚はあれど、今さらながらにそれを面白くないと思っている自分を見つけてしまったことに、居心地の悪さを覚える。
 それをどうにも認められずにベッドに乱暴に倒れ込んだ。
 ここ最近、ペースをすっかり乱されている自分に気付くのだが、それすらも無視して今はもう寝てしまおう、と決め込む。ふて寝でも何でもどうでもいい。
 そこにまた短くメールの着信音。
 寝転びながら半目で覗いたメール画面に並ぶ短い文字に、我知らず頬を緩ませる。

『気をつけて行ってこいよ』

 普段、面と向かってこういうことを言わない少年だけに、これはこれで新鮮でいいかもな、と。
 一瞬前までの居心地の悪さなど忘れた顔をして、携帯電話を折り閉じた。



 しょうがないから、なるべく気を付けて行って帰ってきてやろう。








前サイトのブログあたりに書いたと思うSS。
千秋さんが拗ねるとしたらどんなときだろうね、と思って書いたような気がします。
2012.9.1

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