「お前も止めろよ!なに呑気にくっ付いて来てんだよ!」
「えー、だってあまりにも躊躇のない進路選択だったから、ラディと一緒なら大丈夫かなと思って」
「その根拠のなさすぎる妙な自信は相変わらずだな、あんた!!」
「うんまあ、これで今まで生きてきてるしね」
「褒めてねえよ!胸張って威張るんじゃねえぇー!!」
血管が切れそうなほど怒鳴っている親友の前では、相変わらず微笑を湛えるだけのおまけの青年。
ラディとしては彼らがどういった知り合いなのかが気になるところだが、そこのところを追求するとつまるところ蒼瞳の青年の素性を知ることになりそうな気がする為、やや憚られる。知りたいのは単純に彼らの関係だけであって、間違っても彼の素性ではないので。
「おいラディ」
「・・・・・・ん、なに?」
「・・・おまえ、また何かトリップしてたな」
考え事に没頭すると周囲の存在をさっぱり忘れ去るという厄介な癖を持つラディの性格を完全に把握しているテッドが、呆れた目を向けてきている。
別に今はそこまで没頭しているつもりはなかったのだが、反応が遅れた時点で同じか。いやむしろ反応出来た時点でまだそれほど没頭していなかったと言うべきか。
そこのところは今はともかく。
「俺の黙考癖に文句言う前に、テッドは何を聞きたいの」
文句を言わせ始めたらきりがないのは分かっている。
伊達に三年間、親友をやっていない。
「・・・ラディお前、なんでいきなりハルモニアに近付こうとしてんだよ。右手のソレ、落ち着いてるみたいだからいいけど、だからって感知されないとは限らないし、わざわざ厄介なことになりそうな場所に自分から寄ってかなくたって」
いいんじゃねぇの、と怪訝そうに首を傾げて聞いてくる親友殿に、ラディはさあどうしようかと思いつつ微笑んだ。
誤魔化すなら簡単だ。
北大陸の北方を広く支配する大国ハルモニア。
その歴史は古く深い。経済・学問はもとより、紋章に関する資料などの揃いも他の追随を許さないほどの学問都市である首都クリスタルバレーへと、気付かれずに潜伏することは容易ではなさそうだが出来なくもない、という考えはどうやら厳しい表情の親友を見る限り甘いものだと知れる。
軍主経験を経ていくらか面の皮が厚くなったという自覚はあるが、己の細かい癖を知り尽くされている相手まで誤魔化しきれるとは、さすがに思わない。
沈思黙考癖も人見知りも、会話下手でさえ未だにまだラディの克服すべき欠点のままなのだ。
本当は、この旅の目的地をテッドにだけは知られたくなかったのだが。
「・・・ある村をね。探し出したいんだ。完全に滅んでしまって何百年も経っているのは分かってるんだけど。跡すらも残っているか怪しいんだけど。どうしても、まだ俺の記憶が鮮明なうちに近くまで行ければ、探し出せるんじゃないかと思って」
「滅んだ村?なんでまた」
本気で怪訝そうに聞いてくるテッドは、そういえば察しはあまり宜しくなかった。
きっと彼は当時のことを覚えていないのだろうとも思うけど。
「小さな村だった。きっと、ああなるのは俺がいてもいなくても変わらなかったのかもしれないけど、居合わせてしまったから。彼らの弔いもなにも出来ずに立ち去るしかなかったのを、本当に本当に後悔したんだよ」
離すしかなかった小さな手を。
自分は確かに一度掴んで、そしてまた失った。
「あの時あの手を離さずに掴んだままでいれば、歴史は変わったんだろうかって・・・思うことがある。だけど結局は離してきてしまったんだから、今更どうこう言っても仕方がないんだし」
何百年も前に滅んでいる村に、まるで行ってきたかのように語るラディに怪訝そうな二対の目が向けられる。
そろそろ察してくれてもよさそうな親友は、どうやら本当にさっぱり忘れてしまっているのか、まだ気付かないのか。
忘れていなくてまだ気付かないのだったら、どんだけ察しが悪いんだ。
「ごめんね、テッド」
「・・・なにが?」
怪訝そうに、だが真っ直ぐに向けられる金茶の瞳。
あの時は、大きな瞳が不安そうに揺れていた。
「僕は君と出会う未来がなくなってしまうことを恐れて、小さな君の手を離してしまった・・・。君が傷付くことを承知の上で」
首を傾げる親友を真正面から見つめる。
「ありがとう。 ちゃんと生きて、僕に会いに来てくれて」
「・・・・・・え・・・?」
ゆっくりと見開かれる金茶の瞳に、忘れてしまったわけではないのだと確信できた。
察しの悪さは相変わらずだが、記憶力はそうでもないらしい。
「言ったよね、いつか必ず会えるからって。だから生きてって。・・・・・・どれだけ残酷なことをしたんだろうって、あの後すごく後悔した」
「ま、さか・・・なんで、」
「なんでだろう。僕もあの場でなんであんなことが起きたのか、未だによく分からないんだけどね」
眠りを妨げるもの呪われよ、と紋章の化身だかなんだかの喋る剣に飛ばされたのが三百年前のテッドの元だった。
呪われよとか大仰なことを言い放っていたわりに、あまり呪われた感がなかったのは何なのか。
しかも真っ先に手を出したのはラディではなく同行していた傭兵の男なのだが、何故か後味の悪い想いをしたのはラディなのだ。理不尽すぎる。
「おまえが・・・あの時の、おにいちゃん?」
「・・・・・・うん。 そうだね。そう呼んでくれてた」
涙目の幼い子供の制止を振り切ってきた自分に、果たして今でも彼に慕われる資格があるかどうかは微妙だ。
だがそんな心配は杞憂に終わる。
目の前の金茶の瞳が泣きそうに歪められ、突然ガバリと抱きつかれた。
触れる身体が小刻みに震えている。
「やっと、やっと会えた。 会えてたんだ・・・」
掠れるくらい小さく呟かれた言葉に、ラディも顔を歪めてテッドの身体を抱きしめた。
「ごめん、ごめんね・・・。三百年も待たせてごめん」
三百年。口で言うだけなら一言で済む。
人が生きるには長すぎる時間を耐えてきた親友の身体は、ラディと変わらない。
この小さな身体で彼は独りで生きてきた。
だからラディも独りで生きようとして。
彼の耐えた三百年を、自分も生きようと。
けれど彼の存在をひたすら強く望んでしまった。
望みが叶ってしまったのは、彼もそう望んでくれていたからだろうか。
かつてテッドも望んだのだろうか。名前すら名乗らずに姿を消した「おにいちゃん」の存在を。
その違いは些細だが大きい。
テッドが甦ったのは、紋章が彼の魂を取り込んでいたからではないだろうか。
それで何故こんな現象が起きているかは全く門外漢なので分からないが、とにかくいつか原因の究明を出来ればしておこう。
何一つ分からないよりは何かがあったときに対処のしようもあるというものだ。
けれど今はまだ、
戻ってきたぬくもりを力一杯抱きしめて。
今度こそ彼の手を離さずに、共に。
そして二人で話していこう。
笑顔で。
君とのこれから、を ――――
「じゃあ、おれも」
「「なんで?」」
「わあ、見事なユニゾン・・・ひどいよ?」
「酷くない。俺はついさっき、あんたとは一緒にいたくないって言わなかったか」
「言ってたけど、おれは気にしてないから大丈夫」
「・・・・・・・・・」
「おれを見るな。こいつのこれは昔っからこんな調子だった」
「ところでラディ。明日の朝ごはんは何がいい?」
「・・・・・・・・・・・・」
「だから、おれを睨むなって。調整は不可能なんだよ、あきらめろ」
「あれ?ラディ、ラディー? ・・・・・・行っちゃった」
「なあ、お前なにがしたいんだ?」
「あれ、テッドはいたの?」
「(・・・こいつ)」
「なにって別に。おれはラディの傍にいたいし世話を焼きたいし」
「・・・おれの忠告、理解したか?」
「したよ。おれを何だと思ってるの。 ・・・まあいいや。じゃあ明日からもおれはラディの左斜め後ろから付いていくから、よろしく」
「・・・・・・・・・(ほんとに理解してて何でその発想になるんだ、こいつ・・・;)」
4主はいちおう気を使ってるって話
(右側には立たないようにしてるらしい)
2012.8.18
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