「じゃあ、はっきり言ってやる。付き纏われて迷惑だ。これ以上俺の近くをうろつくのは止めろ。俺はあんたと一緒に行動なんかしたくない」
それじゃぁね、と無表情のまま言い置いたラディは、ざくざくと下草を踏みしめて一人で夜闇の中に消えてしまった。
テッドまで置き去りにして。
「・・・置いていかれたみたいだけど、追わなくていいの?」
呆然と少年の消えた方向を眺めるだけのテッドに、とりあえず声をかけてみると、我に返ったように小さく肩を跳ね上げてフォンへと顔を向けてきた。
ぽかんと口を開けたその顔も初めて見るもので珍しかったが、こっちもなんとなく言いたいことが分かってしまったフォンは内心で嘆息する。
「び、っくり、した・・・」
「昔の自分にそっくりすぎて?」
即答してやれば、すぐに嫌そうに顔を顰めてきた。
だが反論はない。
似ているのは認めるのだろう。つまりテッドは、かつて自分がどのように他人に接していたかをしっかりと自覚しているのだ。
「お前、ラディが昔のおれにそっくりだって分かってて何でしつこく纏わりついてんだよ」
顔を顰めたままそんなことを聞いてきたテッドを、ちらりと一瞥する。
何故かと聞かれてまず思い出すのは、初めて会った時。整った顔立ちに全く似合わず無表情で「胸糞悪い」と吐き捨てた時の泣き出してしまいそうな瞳。
テッドの言いたいことは分かる。
ラディがあんな態度をとって独りになろうとする理由を、フォンは知っていた。テッドがかつて右手に宿していた紋章の特性を彼自身の口から聞いたことがあるから。
だから多分ラディのためを思うのなら、しばらくは独りにさせてやることも必要なのだ。
それは分かる。分かるのだが・・・
「なんだか、放っておけない・・・というか、おれがあの子のことを放っておきたくないんだ・・・なんでだろう」
「なんでだろって・・・じゃあ、おれをしつこく構ってきてたのは何でなんだよ」
「構いたかったから」
「おい」
「だってテッドがあからさま過ぎたから。なんか面白かったし」
「やっぱおれで遊んでたんだろ、お前ら!」
「今頃気付いたの?さすがにちょっと遅すぎない?」
百五十年越しの真実を知り、こんちくしょう、と呟き拳を握り締めるテッドは本当に変わった。常に暗い目をして警戒気味に周囲を威嚇していた姿からは想像もつかないくらいに。
そう。かつてのテッドは、これでもかというくらいに近寄ってくる人間を威嚇していた。
今のこの姿からは全くそんな気配を微塵も感じないのだから、その変わり方は素晴らしいという他ない。
「ラディは、そこまであからさまじゃないんだよ。それが逆に心配で、つい色々口出しして鬱陶しがられちゃってさ・・・」
さすがに身の回りの細かいことにまで口を出してというか世話を焼きまくったのがいけなかったのかな、と呟いたら「あー・・・」と妙な呻きが聞こえた。
「世話焼きまくったのか?」
「? うん」
テッドが何を言いたいのか分からず、しかし世話を焼きまくったのは変えようもない事実なので頷く。
「お前の世話の焼き方・・・多分変わってねーんだろうな」
「?」
「ひとつ、言っといてやる。ラディはいいとこの御曹司なんだよ」
「それはなんとなく所作を見てれば分かるけど」
「だったら察しろよ。ソウルイーターの悪性は教えてやっただろ。継承したばっかの紋章の扱いにはお前だって苦労してただろーが」
それだけの情報量で何を察しろというのだろう。
自慢じゃないが、物事を繊細に考えるということは昔から最も苦手とするところなのだ。
首を捻るフォンに早々に痺れを切らしたらしいテッドが、盛大に舌打ちをして立ち上がる。ようやくラディを追い駆ける気になったらしい。
暗闇に消えた少年の行方を掴めている様子だが、彼らは現状の妙な事態には気付いているのだろうか。
「テッド。気付いているならいいんだけど、君たち迂闊に離れないほうがいいと思う」
「なんだって?」
少年を追って離れていこうとしていた背中に声をかけると、怪訝な顔をして振り返った。どうやら気付いていなかったようだ。
「理由も原因も分からないけど、突然生き返ったというより突然現れたんだよね。それと関係してるか知らないけど、ラディが離れた途端にテッドの存在感が希薄になったような気がするんだ。下手したら離れすぎると、君、消えるんじゃないかな」
「・・・・・・・・・」
真顔になったテッドが自分の両手をじっと見下ろした。
やはり先程よりも彼の存在感は薄くなっている。よく分からないが、二人はどこか「繋がっている」そんな印象だ。
「・・・分かった。サンキュー」
静かに呟かれた言葉に、思わず顔を上げる。
見上げた先の顔は何故か困ったように苦笑していた。
「礼代わりに、もひとつ教えてやるよ。ラディには小さい頃から親代わりに面倒見てくれてた過保護で世話焼きな人がいたんだ」
あとは自分で考えろよ、と残して今度こそテッドの姿は夜闇の中に消えていった。
「過保護で世話焼きな親代わりが・・・“いた”・・・」
ソウルイーターの悪性は知っている。だからラディが独りになろうとする理由も勿論知っている、つもりになっていただけかもしれない。
「あぁ・・・なるほど。おれが近くにいて苛つくはずか」
フォンが何かと世話を焼くたびに苛々していたのを知っている。その苛々の理由を、テッドと同じで単純に構われたくないからだと頭から誤解してかかっていた己の迂闊さを呪いたくなった。
おそらくフォンの姿が、その親代わりの人と重なって見えたのだろう。
「・・・・・・最悪・・・」
少し強引でも構い倒していれば、いつかは自分に心を開いてくれるだろうかとどこか期待していただけに、まさかの事実が発覚してフォンはこれ以上ないくらいに落ち込んだ。
心を開いてくれそうどころか、全くの逆効果だったということか。
明日からどうやってあの少年に接すれば良いのだろう、と彼らの消えた方向へとやや情けなく緩んだ表情を向けたフォンの頭には、気を使って別行動、という選択肢は全く存在していないようだった。
2011.11.22
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