「大統領には、ならないの?」

 気紛れに聞いた言葉に返ってきたのは、何故か豪快な笑いだった。






  適 材 適 所



「あっはっはっはっは!!オレが!?大統領!そんな馬鹿な!」
 ないない、ありえないって!と、現トラン大統領の一人息子殿は豪快に笑いながら力一杯否定してくれた。
 そろそろ中年と呼べそうな年になってきたこの男、未だに年中数多の女性たちの間をふらふらと渡り歩いているらしいともっぱらの噂なのだが。
 身を固めててもいい年頃だよなぁと考えかけて、そういえばこいつは早い時期にバツ一の称号を手に入れているんだったと思い出す。
 しかも離婚の原因が男の浮気では、フォローをする気にもなれない。
「え?なにその生温い目。なんか別のこと考えてるだろ」
「そーんなこと・・・ないよー? シーナはそんなんでいつまで独身貴族してるつもりかなって思ってただけだもん」
「もん、とか言うな。お前いくつだよ」
「んー?・・・たぶん中年くらい?」
 少年のままの外見で笑って言ってやれば、生きている年数はほぼ同じくらいの中年が顔を顰めた。
「そこで正直に答えてんじゃねーよ。せめて永遠の美少年☆とかお茶目に言えないのかよ」
「・・・・・・シーナは俺に何を求めてるの?」
 返答次第では対応を考えてあげるよ、と右手をわきわきと動かしながら腰を浮かせる自称中年の姿に、中年の男が慌てて身を引いた。
「わー!!?待てラディ!落ち着け、落ち着いてラディ様!お願い!」
 とりあえず右手だけは下ろせ!と喚く姿は、昔から全く変わらない。
 笑いながらのらくらと人を翻弄する術も変わらないが、付き合いの長いラディはのらくらと誤魔化されはしなかった。
「世襲制だと思われるのが嫌?けどきっとそれだけの理由で選ばれたなんて思う人間はいないと思うけど」
「・・・・・・・・・うーん・・・」
 そーゆーことじゃなくてな、と困ったように苦笑したシーナは真正面に座るラディから目を逸らした。
「・・・俺がこんなこと言える立場じゃないけど、シーナなら大統領できると思う」
「ホントお前にだけは言われたくないな、それ」
 即答してきたシーナに苦笑する。
「逃げ出したけどさ・・・それなりに心配する気持ちはあるよ。卑怯だと思われても仕方ないけど」
 守りたいもの全てを失くしたあの戦争後、ラディが選んだのは全てを捨てて逃げ出すことだった。
 あの時はそれが一番最良の選択だと思っていたし、今もそれは変わらない。ラディの右手に親友から預かったままの紋章がある限り、ずっと。
「別に誰もお前のこと卑怯だなんて思ってる奴なんかいねぇよ。・・・・・・なぁ、ラディは今の俺の役職知ってる?」
「外交官」
 似合う似合わないは別として、現在シーナに与えられている役職は確かこれだったはずだ。
 確かに昔から話術は得意だったから、これはこれで天職なのかもしれないが。
「そ。自国と他国との間を円滑に取り持つように日々試行錯誤」
 ニカリと明るく笑った顔も、やはり昔から変わらない。
 けれど、ふらふらとあちこちを放浪していた時のような浮ついた雰囲気はいつの間にかナリを潜めていて、今はどこか芯の通った安定した空気を纏っている。
 試行錯誤と言っている顔には、国と国に挟まれ摩擦されて辟易しているような様子はなく、むしろどこか誇らしげな感じもあった。
「大統領ってのは確かに大役でやりがいもあるんだろうけど。言っちまえばちょっと政治に長けてて人を使えるコツを知ってればそれなりに国を動かせる人間になれるだろ。いや、これは俺の持論だから。別に親父がそんな人間だって言ってるわけじゃねえよ?身内が言うのも何だけど、親父は良い大統領になってると思う。・・・けど、じゃあ息子の俺も良い大統領になれるかって言ったら、話は別だろ」
 シーナの言うことは最もだが、ラディにはどうしてもそれがただの言い訳じみた言葉にしか聞こえない。
 大統領としての職務を全うできるのか不安なのだろうかと思うが、それは何かしっくりこないとも感じる。
 じゃあ何なのだ、と思うとふとひとつの結論に行き着いた。
「シーナは、外交官をやっていたいの?」
 つい今しがた、彼の天職なのではと思ったばかりだ。
 ラディから見てそう思ったのだから、本人がそのことに気付いていてもおかしくない。
「なんだ。やっぱ分かっちゃうか」
 再びニカリと笑った男の顔は立派に成長しているはずなのに、どこか少年の頃の面影が重なった。
 少年の心を持ったまま成長した大人、というのがいたらこんな感じだろうかと思う。
「外交てのはさぁ。自国だけじゃなくて他国の色んな人間とも渡り合っていかなきゃならない分、気苦労は多いわ心労もでかいわで結構キッツイもんがあるんだけど。でも俺らが上手く立ち回れば、外敵の心配はしなくて済むだろ。その分、親父たち中央にいる人間は内政に集中していられる。特に俺なんかは二度の戦争経験者だからな。外敵の脅威と内乱の虚しさは身に沁みてる」
 言われてみれば一理あるご意見だが、どんなに優秀な人間が集まっていてもトップが駄目なら国も駄目になるということを忘れているのかこの男。そんな馬鹿な。
 眉間に皺が寄ったのを自覚したが、どうせ相手はシーナなのだから遠慮してやる義理はない。
 思いっきり眉間に皺を寄せてじと目で睨みつけてやれば、踏ん張っていたシーナはとうとう観念したのか、両手をあげて降参の意を示した。
 最初からそうしてればいいんだよ、まだるっこしい。
「・・・と、まあ。色々屁理屈まじりの言い訳っぽいこと言ったけど、なんつーか結論としては一言。俺には大統領なんか向いてない、てな」
 シーナならできると思うと言ったばかりの本人を目の前にして、いけしゃあしゃあと言ってくれる。
 首を傾げて言葉の先を促してやれば、困ったように苦笑した男は自嘲気味に唇を歪めた。
「向いてないんだよ、マジで。俺は人の上に立って何かを指示できるような人間じゃない。どっちかってーと、やれても補佐だな。下の方であっちにこっちに動き回ってる方が性に合ってる」
「都市同盟で一隊まかされてなかった?」
 記憶を手繰り寄せて言うと、目の前で苦笑していたシーナが突っ伏した。
 膝の間で頭を抱えている。
「あ゛ーーー・・・よっけいなこと覚えてんなお前・・・」
 忘れたい過去だったようだ。
「やってたよ隊長クラス。今思えばなぁ〜んで引き受けちゃったかなぁ当時の俺、とか思うけど。いや、でもあの経験のせいでというか、おかげで痛感した」
「人の上に立つ人間には向いていない?」
「そ。まーったくな」
 それでも生き残れたあたり、言うほど向いていないというわけではないと思うのだが。本人がそう言うのだからその辺はもう放っておこう。
「でな。ラディは赤月って国を根底から覆しただろ」
 いきなり話題が変わったような言葉の飛び具合だったが、とりあえずそこは間違いでないので頷いた。
「でも新しい国の立ち上げには参加しなかった」
 終戦直後に夜逃げをしたラディにはちょっと耳の痛い話だが頷いておく。
「それでも残りの大人たちだけでトラン共和国って国を作り上げたんだ」
 事実だ。
 頷くラディだったが、シーナが何を言いたいのかがよく分からない。

「適材適所、ってやつだよ」

「・・・・・・は?」
 ウインクまでしてお茶目を演出したつもりであろう中年に、気の抜けた声しか返せなかった。
 どこに突っ込めばいいのだろう。ウインクだろうか。
「人それぞれ得意分野が違ければ、身につけてる能力なんかも違うんだから。出来ることと出来ないことがあって当然だろ」
 ああ。なるほど。言いたいことが何となく分かった気がする。
「つまり、出来る人間が出来ることをやればいいって?」
「そうそう。その方が簡単じゃん、色々と」
 実に簡単で単純明快だが、世の中それがまかり通らないから苦労するんじゃないか。
 しかし言った本人はそんなこと関係ありませんとばかりに笑顔だ。というか多分、この男は分かって言っているのだろう。
 のらくらと他人を誤魔化して生きる男は、のらくらと周囲をかわしながら自分の生きやすい道を行きたいように進むのだろうなと思った。

 きっとそんな生き方も、ありだろう。








多分うちのシーナはこのまんまのらくらと大統領にはならないと思います、という話。
てゆか、外交で年中あちこちふらふらしてればいい(笑)
2011.3.2


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