出発する前に、ちょっとやっておくことがあるから
少し待っていてくれる?



そう言って、トランの英雄様は

ものすごく イイ笑顔 で

グレッグミンスターの中心地に消えていった






  知らぬが ホ ト ケ ?



 ラディ・マクドールという元帝国貴族の少年は、バリバリ庶民派のヤト少年にとって未知数の存在だった。
 まず、基本的な所作が違う。
 洗練された動きというのは、一目で何かが違うと分かる。
 特に彼の場合、貴族独特の優雅な所作に加えて武人の持つ鋭さが合わさり尚更その動きに鮮烈な印象を与えていた。
 そして少し近寄りがたいと思わせるほど、綺麗に整った顔。ほんのりと微笑を滲ませた表情で静かに佇む姿は、綺麗だと言うしかなくて。
 だけどどこか影を背負っているようにも見える。
 昨夜は色々と話してくれたけれど、よくよく観察してみれば誰に対しても何となく距離を置いているような感じだった。
 会話も、どちらかといえば少し離れた位置で聞いている程度で。
 その姿を見て、ヤトは思わず城にいる仲間の一人を思い出していた。
 いつも石版の前で眠そうに突っ立っている無愛想魔人。あの少年をもう少し愛想良くさせてみれば、あんな感じに仕上がるのではないだろうかと。
 同盟軍の城に戻ったら彼にラディさんを紹介して、ちょこっとだけ見習ってみたら?と言ってみようかな。
 などと末恐ろしいことを脳内で計画しているヤト少年は、そのご両人が解放戦争時代からの顔見知りでほぼ悪友という位置づけであることを、まだ知らない。
 知らないからこそ出来る命知らずな計画だった。
 ふっふっふ〜と含み笑いをするばかりのヤトの横で、ナナミとトモは呑気に街の中を観察している。ナナミの腕の中にいるムクムクも、今日はさすがにおとなしくしていた。
 そんな仲間たちの呑気な姿を後ろから眺めながら、微妙な溜息を吐いたのはフッチだった。
 フッチは知っている。
 ちょっと用事があるから待ってて、と言って消えた英雄様の、その用事内容を。
 同時に、あのイイ笑顔はマズイということも知っていた。
 怒り心頭MAXになると、ラディは笑顔で凄む。
 それが臨界点に達して突破すると、最終的にはストンと表情が抜け落ちて無表情になることまで知っている。
 さすがに元仲間に対してそこまでえげつないことはしないと思いたいが、何しろラディは行動が読めない。
 現トラン大統領の地位に納まっている男の無事は、保証できなかった。
 だって、どこをどう考えたって自業自得なのだ。
 何も知らずに「あれ」を目撃したフッチですら衝撃だったのだから、当の本人が見たら何をしでかすか知れたもんじゃない。

 トランの英雄様の胸像を、あんなに堂々と飾っているだなんて。

 しかもその周囲には、トランの英雄の胴着レプリカやら武器レプリカやらが、まるで博物館さながらに親切な説明付きで並んでいたのだ。
 明らかに、英雄ご本人様の了承を得ずに。
 あれはさすがに怒るよなぁ、とトラン大統領の無事を祈ると同時にフッチがトランの英雄様にも密かに同情を寄せた、その時



 ドッカン・・・ッ



 どこか遠くから、明らかに何かが破壊される音が響いてきた。
 その音がなんとなくくぐもっているような気がして、フッチは顔を引き攣らせた。
 音がくぐもっているのは、どこかの屋内が出所だからではないだろうかと気付いてしまった少年は、引き攣りながら乾いた笑いを漏らす。
 なんとなく、今現在の宮城内の混乱が手に取るように分かってしまう自分が嫌だ。
 破壊系の紋章とか宿してたっけと一瞬疑問が浮かんだが、何しろラディだ。紋章などの力を借りなくても自力で破壊活動くらいは軽くできそうな御仁だ。
 前方を呑気に歩く仲間たちは、今の音に気付いても大して気にしていない。
 大物ばかりのメンバーに若干気が遠くなりかけたフッチだった。



++++

「お待たせ」
 それからすぐに少年たちの前に姿を現したラディ・マクドールは、実に爽やかに晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「ラディさん。用事はもう終わったんですか?」
「うん、大丈夫。待たせてごめんね」
「全然待ってないですよ〜。あたしはもっとこの街観光したいくらいだもん」
「本当に?それは・・・ありがとう」
 自身の故郷を褒められて悪い気はしない。ラディは微かに目を見開いてから照れたようにはにかんだ。
 へへへ、と笑い合う姉弟を微笑ましい気分で見つめていたラディは、ふと振り向いた先で微妙な顔をしている少年と目が合った。何故か一歩下がる少年に笑顔を貼り付けて近付いてみると、また一歩下がるので、じりじりと見つめ合う結果になる。
「なにを逃げてるのかな、フッチ?」
「にに、逃げてなんか、ないですけど・・・っ」
 明らかにどもる少年の顔は引き攣っていた。
 一歩進むと。
 一歩下がる。
 一進一退(ちょっと違う)の攻防をじりじり静かに繰り広げる二人に、空気を読まないナナミが呑気な声をかけた。
「ラディさんとフッチくん、何してるの?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「?」
「・・・なにも」
 無言で密かな攻防があったらしい後に笑顔で振り向いたのはラディだった。
 フッチは冷汗を流しつつ頬を引き攣らせ、何とか笑おうとして失敗している。
 そのままほのほのと笑いながら背を向けたラディと笑い合う義姉弟たちを見て、フッチは頬を引き攣らせながら何かを諦めたように項垂れた。
 同盟軍軍主は知らない。かつて解放軍で垣間見せていた元軍主の油断ならないあの性格を。たった今、笑顔で合流した彼が単独行動していた間にどこにいて何をしていたのかを。
 ふと振り向いて見上げた宮城の一角から、細く煙が上がっている。
 フッチの記憶の限りでは、あの辺りに煙突などはなかった。
 やっぱり・・・やっぱりそうなのかな、と自分の予想がほぼ的中したのではないかという確信を抱いて、少年はガックリと肩を落とした。

 世の中にはきっと、知らなくていいほうが幸せでいられる事柄がいくつか確実に存在するのだ。
 無邪気な義姉弟たちに囲まれて笑う草色のバンダナの彼が、その良い例だということを、フッチは不幸にも知っている。
 彼らがこれから戻る同盟軍の城にも何人か、そんな不幸な人間がいる。
 きっと彼らは口を揃えて言うだろう。
 ラディ・マクドールという少年の本質に関してはまさしく、



 知らぬが仏だ、と ――――








坊さんがなんだかおかしな方向に…あれ?(笑)
2011.5.1


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