お互い最初の印象は、実に微妙だった。

それが今じゃ親友だなんて言うんだから
無駄に長い人生、未だに何が起こるかわかったもんじゃない。






  初 対 面



 馬鹿でかい外壁と門を見上げて、間抜けにもパカリと口が開く。
 赤月帝国の首都グレッグミンスター。
 黄金の都、と称されているのは聞き及んでいたが、帝国内の他の地域にある町とのあまりの落差に開いた口が塞がらない。
 貧富の差とか以前の問題で、根本的に何かが違う。
 さすが、黄金皇帝のお膝元・・・
 とか何とか取りとめなくどうしようもない思考を遮ったのは、ふいに頭に置かれた大きな手の感触だった。
 そんなことをされる理由が思いつかなかったので、怪訝な顔をして見上げた先にあったのは、微笑んでこちらを見下ろす男の穏やかな顔。
「緊張する必要はない・・・と、言おうと思ったが、どうやら緊張している顔ではないな」
 結構結構!と今度はやや豪快に笑った男は、そのままずかずかと門をくぐり抜けて行く。
 背後に気を配っている様子はない。
 警戒心の欠片も持ち合わせていないのかと疑いたくなるほどあっさりとした行動を見せてくれてるのは、檜皮色のマントを翻す軍人。
 あれで赤月帝国五将軍の一人だとか、ホント勘弁してほしい。
 なんでこんなことになったんだっけか、とほんの数時間前の己の行動を思い出そうとして・・・やめた。
 無駄に長い人生の中で学んだのは、結局、何事も諦めが肝心、てことくらいだ。
 うっかり情勢の不安定な町に踏み入れて
 しっかり戦乱に巻き込まれるのは最早、自分の運が悪いとか以前の問題だとか。
 そこでうっかり、妙なお人好しの軍人に見つかったのが運のツキ。
 自分がやや巻き込まれ体質だというのも、自覚はしてる。
 そのお人好し軍人の勢いに巻き込まれ、あれよあれよという間に、何故か住む家までもが決まっていて。
 いつの間に!?
 と驚く暇も与えてくれないその男は、テオ・マクドールと名乗り、二の句を告げなくしてくれた。
 百戦百勝将軍と名高い人の名前くらい、さすがのおれでも知ってるって話だ。
 変わり者の貴族に対しては、ろくな記憶がない。主に軽く百五十年くらい前の群島とかその辺の記憶だが。
 アレと同義に見るのはどうかと思うが、他に比較対象がないのだからしょうがない。
 せめて、同じ年頃(外見のみ)だという彼の将軍のご子息どのが、ぶっ飛んだ奴でないことを祈るばかりだ・・・と、諦めの境地で溜め息を吐き出して、前方でひらひらと踊る檜皮色を追いかけた。

 街の門を見上げて開けた口が、またしてもパカリと開く。
 どっしりと構える馬鹿でかい屋敷を前にして、改めて隣に立つ男を見遣った。
 この人ホントに将軍だったんだ・・・
 名前を聞いても、本人の持つ雰囲気がどことなく茫洋としていたせいでいまいち信じきれなかったのだ。
 屋敷を目にしてやっと信じられたというのもどうかと思うが。
 いや、そうまでしなきゃ真実を受け入れられないような言動をどうにかしろと、将軍に一言物申したいところか、ここは。
 つらつらと再び取りとめのない思考を繰り返していたところに、屋敷の横手から声が上がって我に返る。
「テオ様!おかえりになられてたんですか」
「あぁ、グレミオ。今、帰った」
 グレミオと呼ばれた男は、後頭部でひとつにまとめた長い金髪を靡かせて駆け寄ってきた。
 腕にじゃがいもが山と盛られた籠を抱えながら。
 そんなん有りなんだ・・・と、思わず遠い目になっても許されると思う。
 どうやらこんな光景が、ここの将軍家じゃ普通のようだ。
 一般的にはあんまり普通じゃないような気がするが。
「?・・・テオ様、そちらの子は?」
「テッド君だ。今日からここに住むことになった」
 大人の男二人から見下ろされて、あまりいい気分はしなかった為(何しろ年齢的には自分の方がよほど生きている)ふいと顔を背けた。
 もともと深く関わるつもりもないのだ。無駄な愛想も振る必要はない。
 それと、ここに住むことになるってところはまだ納得してないはずだったんだが、今このおっさんはさらりとこっちの主張を無視した発言かましてくれたような。
 どうしてくれよう、と思った横から聞こえたグレミオの素っ頓狂な声に
「え・・・っ!ま、まさか、テオ様。か、かかか、隠し子ですかっ!!?」
 ずっこけた。
 主が主なら、家人も家人か、この屋敷・・・!
 なんてこと!坊ちゃんというものがありながらテオ様ぁ!とか何とか騒いでるグレミオの前で、笑うだけの将軍様。
 いや違うって。そこは否定するとこだろ!?
 グレミオの発言内容にも大いにツッコミたい部分があったりしたわけだが、とにかく隠し子発言だけは何とかさせねばなるまい。
 しかし将軍様はまるで動じていない。
「落ち着けグレミオ。テッド君は戦災孤児だ。遠征の帰りに拾ったんだよ。ところで、あの子はどこだ?」
「あ・・・あ、そうなんですか」
 安心しましたぁ、とあっさり納得したグレミオは、一瞬前までの取り乱した様子などなかったかのように籠を抱え直した。
「坊ちゃんなら・・・・・・あちらに・・・」
 どこか言い難そうに苦笑しながらグレミオが顔を向けたのは、屋敷の横にドンと立つ大木。
 根元で昼寝するには丁度良い具合に陽射しが当たっているが、そこには人の姿は見受けられない。
 ん?と首を傾げた横で、将軍様が嘆息した。
「相変わらずだな・・・」
「はい。最近では、武術の鍛錬とお勉強の時間以外はずっとあちらで」
「考えることが多いのは良いことだ」
「そうでしょうか。あぁ、お茶の用意をしてきますので、テオ様、坊ちゃんをお願いしてもよろしいですか?」
「ああ。・・・テッド君、こちらに」
 手招きをされて再び檜皮色のマントを追いかける。
 グレミオは籠を抱えて屋敷の勝手口へと消えた。
 二人の会話から察するに、坊ちゃんは大木の辺りにいるということか。
 しかし、それにしては子供らしき影も形も見当たらない。
 怪訝に思いながらも駆け寄った大木の下では、将軍様が苦笑したまま頭上を見上げていた。
 なんだ?と思い同じく並んで頭上を見上げれば
 太い幹から突き出た太い枝の上に、ぶらぶらと動く足が見えた。
「・・・・・・・・・」
 足の正体がなんとなく分かってしまい、思わず半眼になって苦笑する。
 やっぱ、ぶっ飛んだ奴だったか・・・
 父親を見てればまぁ、大体の予測は出来てはいたのだが。
「ラディ。帰ったぞ!」
 それでもまさか父親の大声での呼びかけに全く反応を示さないって、真面目にどうなんだ、この親子。
「・・・仕方ない」
 冷め切っているように見える親子間の心配をされているとは露知らず、将軍様が呟いて拾い上げたのは、手の平に納まるサイズの小石。
 えー・・・と。
 それをどうするおつもりなんですか、親父さん・・・

 ひゅんっ

 えらく小気味良い空気を切る音が響き、一拍置いて聞こえたのは

 ゴンッ

 ・・・まあ、当然の結果っていや、当然のそれにもう何も言う気力がない。
 とんでもないとこ来たかなぁ、と思っていると、頭上でバサバサと何かが落ちるような音が。・・・落ちる?
「!?」
 驚いて頭上を見上げると、今まさに枝から落ちようとしている子供の姿。
 いくらなんでもマズイだろそれ!?と慌てるが、当の父親は微笑んだまま動きもしない。
 変わらない体格だったら下で受け止めようにも無理だが、とりあえず目の前に落ちてくるのを見過ごすよりはと動こうとしたところに、上からのんびりとした声だけが落ちてきた。
「父さん・・・痛いんだけど・・・」
 子供らしく高く澄んだ声音。
 のんびりと落ち着いた口調。
 だが、その姿は、枝に手を掛けてぶら下がっている。猿の如く。
「私が呼んだのに反応しないのが悪いんだろう、まったく。そんなところにぶら下がってないで早く降りてきなさい」
 ほら、と両腕を広げる姿勢を取った父親に、枝先の少年は微笑んで呆気なく手を離した。
 とさりと軽い音を立てて大きな腕の中に納まった少年は、今度は満面の笑顔を浮かべて年相応の弾んだ声を出した。
「おかえりなさい!」
「ただいま。・・・また大分重くなってきたな。そろそろ受け止めるのも辛いぞ」
「へへ、背も伸びたよ」
「そうか。では、呼んだらちゃんと反応するように。もう小さな子供ではないのだからな」
「・・・がんばります」
 口を尖らせて小さな声で呟かれた子供の言葉に、父親は困ったように苦笑した。
 バツが悪そうに父親から顔を逸らした少年の視線が、唐突に固まった。
「・・・・・・・・・だれ?」
 固い表情で呟かれた固い声に反応したのは少年を抱えた父親で、腕の中の子供をゆっくりと地面に降ろすと、傍らで成り行きを見守っていた少年へと向き合わせた。
「テッド君だ。テッド君、これが私の一人息子のラディ。・・・これから一緒に過ごす家族だ」
 また何か話が広がってるんですが・・・
 家族ってなんだ家族って。
 ひくりと微妙に頬が引き攣ったような気がしたが、目の前に突き出された少年は不思議そうな顔をして父親を見上げていたから、幸いにも引き攣った顔を見られることはなかった。
「・・・家族?」
「あぁ、そうだ」
「一緒に、住むの?」
「嫌か?」
 そこでお坊ちゃんには頷いてほしかったんだが。
 残念ながらこの親子は、一筋縄じゃいかなかった。
「ヤじゃない。・・・・・・よろしく、テッド」
 突然現れた得体の知れない人間を、そうもすんなりと受け入れられるのは血筋か。
 それでもおずおずと差し出された小さな手に、テッドは内心の動揺を必死に押し殺して、顔を背けた。
 出されたのは、右手。
 握り返すことなど、出来るわけがない。
 そもそもするつもりもなかったが。
 背けた視界の端で、少年が困惑した表情を浮かべている。
 うろうろと行き場をなくした右手を彷徨わせていたが、その手が父親のマントの裾に触れると、そのまま握り込んでマントの中に隠れてしまった。
「こら、ラディ。テッド君も緊張しているんだ。お前がそんなことでどうする」
 マントに包まった少年を叱咤した父親は、困ったような表情を浮かべてテッドへと顔を向けた。
「すまない、テッド君。ラディは、どうも人見知りが激しくてね」
「・・・・・・いえ」
 多分、悪いのはこっちだろう。
 だが今更、己の行動を訂正できるはずもなく。
「テオ様ー、坊ちゃーん。テッドくーん。お茶の用意が整いましたよー」
 気まずい空気が流れかけたところに、絶妙なタイミングでグレミオの間延びした声が響いてきた。
 その声に真っ先に反応したのは、マントの中に篭もった少年。
 パッと顔を出したと思いきや、素早く父親の横をすり抜けて屋敷へと走り去ってしまった。
 止めようと伸ばしかけた腕を呆然と見つめる父親の横顔が、ちょっと情けない。
 どうやら、冷めてるどころか相当な馬鹿親のようだった。
 一人息子が可愛くて仕方ないのだろう。短い遣り取りだけで、それは十分なくらい伝わってきた。
 空振りした腕を下ろした男が、微笑んでこちらを向いた。
「あんな息子だが・・・よろしく頼めるかな?」
「・・・・・・そんな簡単に信用していいんですか。こんな得体の知れない人間を」
 淡々と呟いた言葉に、男は面白そうに笑って答えた。
「さっき、ラディの心配をしてくれただろう。それだけで私には十分だ」
 枝から落ちると勘違いした時のことか。
 そういえば彼は身動きひとつしていなかった。
 まさかとは思うが、あれでこちらの反応を見て判断材料にしてたと・・・
「・・・なかなかいい根性してますね」
「ははっ。よく言われる」
 さてお茶に行こうかとあっさり向けられた背中には、最早溜め息しか出てこない。
 こーゆー人間のしつこさには、覚えがある。
 あれからまた長い時間が過ぎて、右手を抑えつけるのも自分の意志で出来るようになってきたとはいえ、やはり不安は付き纏う。
 拒みきれない自分もいけないのだが・・・
「テッド君」
 名前を呼ばれて顔を上げた。
 振り向いて穏やかに微笑う将軍様と、その後ろに見える屋敷の勝手口から顔を出して同じくこちらを見つめてくる、金髪の青年と小さな少年。
 その温かな光景に、こみあげてきた動揺を強引に押し戻して、決意の一歩を踏み出した。

 守ろう。この光景を。
 決して壊してはならないものが、ここにある。



 後で聞いたところによると、ラディは久しぶりの父親の帰宅が嬉しすぎたせいで、周囲が見えていなかったらしい。
 テッドが顔を背けたのは、そんなラディの態度に気分を悪くしたからなのだと思ったそうだ。
 それが恥ずかしくなってグレミオさんの声にこれ幸いとばかりに逃亡したというのが、人見知り疑惑の真相だったらしい。

 実際、人見知りするお坊ちゃんなのは本当だったが。

 初対面でいきなり恥ずかしいところを目撃したおれには、何故か人見知りする暇もなく懐いてきたのもホントの話。
 まったくもって。
 何が災いして何が幸いするかなんて、さっぱり見当もつかない。








こんな初対面でいいんですか、テッドさん(誰のせいだ)
なんか、予想外にテオ様がおかしなことになりました。・・・・・・あれ?
坊ちゃんの沈思黙考癖は、初対面時からばっちり目撃してたテッドでした。
2010.4.15


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