どの選択が正しかったのか ――――
傍にいたかっただけなのに
隣を歩いて
二人で同じものを見て
一緒に笑いあって
ただそれだけ
なのに・・・・・・
天秤にかけたのは
天秤にかけられたのは
誰の 命 ――― ?
君 を 残しては いけない
雨。傷。
雨。血。
雨。
―――― 右手
「頼む、ラディ・・・」
枕元に立ち尽くすラディに、血まみれのテッドはあらわになった右手を差し伸べた。
ラディの顔が、これ以上はないというくらいに歪む。
怒りたいのか泣きたいのか、叫び出したいのか。
どれとも取れる表情だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙が突き刺さる。
窓に叩きつけられる雨の音だけが、耳の中をうるさく反響する。
不幸だとか、呪いだとか。
テッドに一番似合わない単語が胸に重苦しく沈む。
そう思う反面で、ああだから・・・とひどく冷静に納得している自分が頭の片隅で呟く。
きっとこの紋章は、孤独の象徴なのだ。
だから、本当は拒みたくないものを無理矢理に拒んで拒んで
三百年・・・・・・
「・・・また・・・・・・ダイブしてんじゃ、ないだろ、な・・・・・・こん、な時、に」
「・・・・・・三百年」
「ん」
「ながい・・・ね」
途方もなく考えもつかない時間を、独り。
いくつの昼を巡り、いくつの夜を耐えてきたのか。
親友の右手に宿る世界に27しか存在しないという紋章が、彼にとってどんな存在なのか。そんなことは知らないけれど。
守ってくれと言うのなら、守ろう。
だけど
「ラディ」
ビクリと肩を震わせた少年に向けられた眼差しは、深い。
「・・・・・・ぁ」
「おれが、どうなるかなんて考えなくていい・・・んだ」
「!・・・っふざけるな!!」
どうなってもいいと言うのか。
傷だらけの身体では確かに、追ってくる人間から逃げおおせることなど難しいだろう。
守るべきものがあって。
逃げ切ることが困難な状況で。
ひとつでも、切り抜けられる方法があるのならば。
それは。
「効率的、だろ」
「っ・・・ひと、の。思考を先読みするな、この馬鹿!」
絶望的に吐き捨てた言葉に、面の皮の厚い親友は笑う。
腹の傷に響いたらしく顔をしかめたけれども。当然だ愚か者。
「テッドは、僕の親友だ」
「ああ、おれも。ラディが、親友・・・」
「ただの、友達じゃない。親友、なんだよ!」
悲鳴のように、言葉を叩きつけても。
寝台の上の怪我人は、動じる様子がない。
「できるわけないって諦めてたんだ。僕は、帝国将軍家の嫡男で、人見知りするし、まともな会話はできないし、考え込むと人の存在忘れるし」
「厄介な奴だよなぁ・・・」
「そうだよ厄介なんだよ。そんな僕に、初めて出来た友達で親友が、テッドで・・・っ」
「おれも」
「・・・・・・」
「おれも・・・紋章抱えて、世界中逃げ回って、色んな奴と会って別れて。中には妙なのとか変なのとかバカなのとか、いたけど。ほんとに友達だって、胸張って親友だって、言えるのは、たったひとり・・・・・・」
「・・・・・・っ」
「・・・泣く、なよ。おれが、悪いことしてるみたいだ」
させようとしてるんだろ馬鹿、と言いたいのに、言葉が喉に詰まって出てこない。
今、口を開いたらみっともなく泣き喚いてしまいそうだ。
テッドの右手が伸びてきて、指先が頬を流れる雫を掬った。
困ったように眉毛を八の字にしていつものように微笑う顔色は、悪い。
寝かせた方が良いのだろうが、やるべきことをやってからでなければ、きっとこの親友は目も閉じてくれはしない。
近衛隊に追われていると言った。
怪我は酷い。
自力ではまともに歩けないだろう。
だけど、逃げようと思えば上手く切り抜けられるんじゃないのか。
その時に身を守ってくれるものがなければ、助かるものも助からない。
ここで、紋章を守るためにと、テッドから受け取ってしまったら・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かった」
「ラディ」
「ただし」
申し訳なさそうにしながらも安心したように息を吐いた親友が更に何か言い出す前に。
ひとつ。鎖をつけてやろう。
「少しの間、預かってあげるだけだから。ちゃんとあとでテッドに返すよ」
「・・・・・・」
「か・え・す・よ」
言外に含まれた思惑に、気が付かないはずはない。
そこまで鈍くはないし浅い付き合いでもないのだから。
何が起こっても、受け取りに戻って来い。必ず。僕の元へ。
いくら腐ってるとはいえ、近衛隊もそこまで無能ではないだろうから、見つかるのも時間の問題だろう。
そして見つかった時に、テッドがどんな行動を取るか。
グレミオに弱いのを知ってる。
クレオに懐いているのも知ってる。
パーンを気に入ってるのだって知ってる。
ラディを、大切に大切に守りたいと思ってることなんか・・・。
三年の間に家族も同然となった存在を守るために。孤独を抱えて生きてきた少年が取るであろう行動は、親友が取るであろう行動なんか、分かりたくもないけど分かってしまう。
だから、それしかないと言うのなら、それでいいから。
本当は全然、いいわけがないけれど。
「・・・わかった・・・必ず、あとで・・・・・・返してもらうから」
「うん」
「ラディ」
「・・・なに?」
「ありがとう」
ごめんな、と呟いた顔は、泣きそうなくらい歪んでた。
馬鹿だ馬鹿だよ。守り方を知らない不器用馬鹿。
・・・・・・あぁだけど、それはきっと、僕も同じ。
++++
そして、危惧通りの展開。
目の前には大量の鎧。
顔を上げないパーン。
こちらには、三人と怪我人一人。
囮だって?
そんなこと、言い出すだろうと予測済みだ。
だけど予測してるだけなのと実際にやられるのとは、また別なんだよ馬鹿野郎。
逡巡の暇はない。
逃げてみせると言い切った瞳は、強く揺るぎない。
信じていいんだな。
信じるからな。
いつも見ていた背中が、離れて行く。
遠くなる。
いつか置いていかれるんじゃないか、と不安だった。
違った。
置いていくのは、僕だ。
置いていかれるのは、テッドだった。
グレミオに掴まれた腕を振り解こうとするのに必死で、段々と遠ざかる背中に無意識に叫んだ言葉は思い出せない。
傍にいたい。
隣にいてほしい。
たったそれだけのことが、酷く、難しいのは、なんでだろう ――――
妙なのとか変なのとかバカなのとか、は、
群島で出会った人たちのことで…す。
テッドがグレッグミンスターにいたのは三年弱くらい、という設定にしといてください。
2010.4.1
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