君のその行動に、気が付いていないふりを決めたのは
いつからだったろう ――――
距 離 感
「そっちじゃないぞ」
ふいにかけられた言葉で我に返る。
隣を歩いていたはずの親友は、気が付けばすでに数歩先を歩いていて。
「あ、あれ?」
「・・・大丈夫か、お前?さっきから心ここにあらず」
身体ごと振り向いて苦笑とともに言われた言葉で、ようやく自分が親友を放置して思考の海に沈んでいたことに気が付く。
しかも、歩きながら。
よくやることだが、外でまでやらかすとは思わなかった。
「うわ、え・・・ごめんテッド!」
慌てて走り寄った額に軽く拳が突き出された。
「おれさまが側にいるってーのに。いい度胸してんじゃねーか、ラディ坊ちゃん」
「むぅ・・・だから、ごめんってば」
小突かれた額を押さえながら反論してみれば、返ってくるのはおかしそうに笑いを噛み殺す気配。
自分よりも少し高い位置にある親友の顔を見上げる。
出会ってから一年半になる親友の身長に、未だ及ばないのが目下一番の悩みの種だったりするわけだが。
いつか絶対、見下ろしてやる!と決意を固めたのは半年も前なはず。
伸びてないわけじゃないのに。
あと少し、がなかなか追いつかない。
それがそのまま、親友との距離を無言で断定しているような気がしてもどかしい。
このまま、追いつけなかったら・・・
彼は後ろを振り返ることなく、遠ざかってしまうのではないだろうか。
何故か、置いていかれる、という不安が日増しに強くなる。
特にそんな素振りがあるわけでもないのに、勝手にそんな思いでいるなんて知られたら、また鉄拳が飛んできそうだ・・・
ごっ
「!!〜〜〜っい・・・・・・!」
たあぁぁぁ〜
呻いてしゃがみこみたくなるほどの威力の鉄拳が、ほんとに飛んできた。
というか、振り下ろされた。
屈辱。
「っじゃない!テッド!!・・・っふが」
本気の威力で落ちてきた拳に抗議をかまそうと上げた顔に、手袋をはめた手が素早く近付いて避ける暇もなく今度は両頬をつねりあげられた。
力一杯。
容赦なく。
その腕の先にある顔は、とってもいい笑顔だ。
「いい度胸じゃねえか、って言ったそばからまたダイブか。考察の渦に飛び込みすんなら一人の時にやれって何度も言ってんだろ。んなこともすぐに忘れちゃいますか、この出来の良いオツムはー」
「いいぃいひゃい、ひゃにゃへ〜〜」
頬をつねりあげる腕をぽかぽか叩くが、効いちゃいない。さすがは弓使い。
その腕力は子供ながらにダテじゃない・・・とか感心してる場合でもない。
「ううぅ〜〜・・・・・・へっほぉ〜・・・」
テッドぉー、と言ってるつもりなんだ。
頬がつねられてるせいで言えないんだよ。
思わず涙目になりながら訴えた声は、どうやらちゃんと届いたようだった。
パッとあっけないくらい簡単に離れた手の持ち主を睨む。
「・・・・・・いたい・・・」
絶対、赤くなっている。
どんだけ容赦ないんだ、と上げた視線の先にあったのは、眉毛が八の字になった親友の情けない顔。
ちょっとそんな顔されたら・・・
「・・・僕が悪いみたいじゃないか」
いや実際、悪いのは十中八九自分なのだけど。
呟いた言葉に、テッドは渇いた笑いを漏らした。
「はは・・・いや、悪くねーよラディは。今のはおれがやりすぎた、ごめん」
「・・・・・・・・・僕こそ。ごめんなさい」
本当に、テッドは悪くないのだ。
考え込んだら周囲を気にせずそのままどっぷりと思考に沈んでしまう、昔からのその癖をなかなか直せない自分が悪い。
「ま、しゃーない。気長に改善してくしかないだろ。その沈思黙考癖と会話下手はな」
「う・・・ごめいわくおかけします」
「んー、違う違う。そこは、よろしくお願いします、だろ」
ぽんぽんとバンダナ越しのラディの頭を軽く撫でたテッドは、さっさと歩いて行ってしまった。
「・・・・・・・・・」
淡白だから、と片付けてしまえばそれはそれなのだが。
わざと淡白にしてみせているような気がする、と思い始めてから大分経つ。
テッドは明るく物怖じをしない少年だが、どこかで他人との間に壁を立てている。その壁の内側に入ろうとしても、さらりとかわされてしまう。
人と人との隙間を器用にすり抜けるような生き方だ、と言っていたのはグレミオだったか。
それが無意識なのか故意にやっているのかは、よく分からない。
故意にやっているとしたら、相当な確信犯だそれは。
「確信犯、かな・・・」
「んあ?何か言ったかー?」
ぽつりと呟いた声を拾ったらしい。
地獄耳?と思ったがそれは口に出さないのが懸命だと判断する。
あれで結構なサドっ気があり更にイイ性格をしてるということは、身を持って把握済みだ。
一年半前に初めて出会った時には、にこりともせずに無表情のまま逸らされた顔が、今では嘘のようだと思う。
くるくると、明るく動く表情。
喜怒哀楽の主張がはっきりしている性格。
だけどその影で、時々表情を無くすことがあるのを知っている。
戦争で家を焼け出されて各地を放浪していたから博識なのだ、とは言っていたが、その知識が時には周りの大人が瞠目するほどに深いことも。
子供らしい顔をするかと思えば、ひどく大人びた表情を垣間見せることもある。
いくつもの顔を持った少年。
謎の、と言ってしまえばそれまでだが、だけど、ひとつだけ知っている。
テッドという少年は、ラディの親友だ。
そこだけは間違いない真実で。
そこだけ分かっていれば、きっと大丈夫。
心の壁なんて、ぶち破ってしまおう。
何か事情があるのは分かるけれど、そんなことに遠慮するほどの気遣いは持ち合わせてないんだよ、残念ながら。
再び数歩先に遠のいてしまった背中を追いかける。
「テッド!」
振り向く笑顔まで、あと一歩
サド老年に負け負けなぼっさん。
これから鍛えられていくのだと、思います。
2010.4.1
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